アウンサンスチー女史からの関東支部青年部へのお礼状
(関東支部青年部からのノーベル賞受賞お祝い電報に対して)


1991年にアウンサンスーチー女史がノーベル賞を受賞した際、関東支部青年部ではオスロの受賞式典会場に祝電を打ちました。
その後、1992年に女史からお礼状が届きました。
下記に、お礼状本文(PDF)と訳を掲載します。
翻訳は、シドニー在住の高橋ゆりさんにお願いしました。
礼状

  礼状をクリックするとPDFが開きます。 

礼状翻訳

 ラングーン 大学通り56番地
1992年5月16日
 過去2年間、私がどうも悪意と理不尽さに包囲されてしまったらしいこの期間、友人たちからの思いやりと好意が私をささえてくれました。

 わかちあった暖かさと朗らかな笑い声の記憶、ごくたまにラジオを通じて聴く私の親しい人々の声、そして、たとえ最悪の時にあっても、思いやり、愛、善意はまだあるのだと信じ続けることは私の日々を喜びと希望で満たしました。私がマイケルから、私の知らない人たちも友人たちもたいへんな寛容の心をもって結集して下さったことについて聞かされたことは、人間性にはよりよい面があるという私の信念を強めてくれました。この先どんな将来が訪れるかはわからなくとも、こうした信念はつねに私のささえとなり続けることでしょう。

 みなさんがビルマの正義と平和のために、また私の家族のためにこれまでにして下さったこと、現在も続けていらっしゃることに心より感謝申し上げます。

  アウンサンスーチー
(翻訳:高橋ゆり)