ミャンマー経済の実情と問題(二)
桐生 稔
産業構造と民間資本の役割
ミャンマー経済は1997年のアジアの金融・経済危機からの影響を少なからず受け、ODAの停止などによって深刻な外貨不足に陥っている。政府の民間債務の返済不履行やL/Cの開設もたびたび停止されるという事態が続いている。98/99年度の経済成長率も当初5.0%と暫定的に発表されたが、現在に至るも正式発表されていない。実際には4%を下回ったことは確実である。輸出、投資ともアジア地域の経済危機によって不振を続けているうえに、国内では四年続きで稲作を中心とする農業生産の停滞が続いたからである。しかし、99年半ばから明るい材料も出始めた。ひとつは、稲作が今のところ順調であること、また他の農作物も天候が比較的順調だったことから豊作が予想されていることである。第二に、98年7月からタイへ輸出され始めたヤダナ天然ガスに対するタイ企業の支払い交渉がこのほどまとまって、ミャンマー政府にも数千万ドルの外貨収入が得られることになった。さらに、6月のタンシュウエ議長の訪中によって、中国からの無利子借款が決定したことなどである。しかし、ミャンマー経済の再生には、本格的なODAの再開と、とくにASEAN諸国の経済回復が最大の決め手となる。こうした条件が一時も早く揃うことを願って止まない。

今回は、88年以降のミャンマー経済の変化のうちもっとも注目されている民間資本の拡大とそれに伴う産業構造の変化について説明したい。

次第に変化する産業構造
ミャンマーの産業構造は1962年のネーウイン体制発足後、「ビルマ式社会主義」政策に基づき国有化を進めたこともあって大きな変化はなかった。部門別GDPの 構成比では、農業が62年の32.1%から88年には38.5%と若干増加し、製造業が10.1%から8.7%に減少した。他のASEAN諸国が同時期に製造業部門が大きく増加し、農業部門を凌いだことと比較してミャンマーはきわめて異例の状況であったことが分かる。すなわち工業化がまったく進まなかったことを表している。

また、もうひとつの特徴として、国有化が進みさらに国有企業の保護・育成が経済政策の基本とされていたため、また民間外国資本の導入を禁止したために国内の民間部門は長期間にわたって停滞した。これも他のASEAN諸国が民間外資をはじめとして民間資本の拡充に重点を置いたことと好対照であった。ミャンマーの国有部門は、70年代の初頭には一時GDPの60%まで占めたことがあったが、農業生産を民間部門とカウントしたことによって、以降はほぼ30%前後に推移した。しかし、金融、電力、通信は100%、また鉱業、建設、運輸などは50%以上が国有部門が占め、製造業でも30%以上が国有であった。

88年の軍政以降はこうした産業構造がきわめて緩慢であるが変化を見せている。一連の経済改革の成果である。まず、部門別構成では農業が微減を続けており、建設、電力、金融などが民間部門に開放されたことによって大きな伸びを示している。また製造業も民間資本、外資の参入で民間部門を中心に大きな伸びを示したが、国有部門の不振で製造業の対GDP比率は、98年度においても10%に満たない。しかし、産業構造は確実に発展の証しとしての構造変化が起きつつあり、次第に第二次、第三次産業のシェアーが増えていくことになるだろう。
活発化する民間部門
88年以降もっとも顕著な変化を見せたのは民間投資の伸びである。軍政は成立直後に「ビルマ式社会主義」を放棄して、民間投資の規制緩和を実施し、民間部門育成のための政策の変更、制度の改変を行った。また、それまでGDPの三割を占めていた国有企業のプライバタイゼーションの実施を宣言して、段階的に国有企業の民営化を実施している。この結果所有形態別の民間部門の比率が増加し、国有部門が漸減している。セクター別では、前体制下では国家の独占であった金融、通信、電力などに民間の参入が認められたことにより徐々に民間部門が拡大している。とくに金融は、民間銀行の設立、外資系銀行の参入などで98/99年度の民間部門のシェアーは30.7%にまで伸びた。92/93年度に初めて民間部門が2%を占めたことからすれば急激な伸びである。通信、電力はまだ自家用がほとんどであるためシェアーを得るまでには至っていないが、将来民間が伸びるセクターである。

民間製造業はそのほとんどが中小企業であるが、シェアーは89/90年度の66.4%から98/99年度には70.8%にまで拡大している。とくに製造業の場合は民間外資の進出による新規製造業の創設、また一連の規制緩和による農産物、木材、水産加工工業が増加したためである。しかし、もっとも民間投資の規制緩和によって変化がみられたのは農業部門であった。農業は前体制下では各農民は耕作権は保有していても栽培選択は自由でなかったし、販売も基本的には国家の指示に従わなければならなかった。88年以降、規則の改変が一部ではあったが基本的には、栽培、販売ともに自由化された。とくに中国やタイとの国境貿易による影響から商品作物の栽培が増加、またヤンゴン、マンダレーなど都市近郊では野菜、果物などの需要増で、農村部はそうした新しい変化に応じることができる農民層の所得増加をもたらし、農村での資本蓄積がみられるようになった。もちろん、このことが所得格差を拡大することにもなっているが、まだ深刻な格差とはいえない。

さらに民間部門が拡大したのは貿易部門である。海外貿易は前体制下ではすべて国家の独占であったが、88年10月に、輸出入業務の自由化を実施した。この結果97/98年度では、輸入で71.1%、輸出で73.7%が民間業者によるものとなっている。このように、88年以降確実に民間部門の拡大という形で産業構造の変化を捉えることができる。
部門別GDP(名目)構成比 (出所)F.E.S.C. 1997/98より (単位%)
61年度 89年度 90年度 91年度 92年度 93年度 94年度 95年度 96年度 97年度
財生産計 46.8 68.0 67.8 68.7 70.0 71.9 71.6 69.9 70.5 69.4
  農業 25.3 47.2 46.3 48.4 50.6 54.1 55.2 53.2 53.3 52.0
畜産・漁業 5.3 8.1 9.2 8.8 8.5 7.7 6.8 6.0 6.1 6.1
林業 3.4 1.7 1.8 1.6 1.5 1.2 1.0 0.8 0.8 0.7
鉱業・エネルギー 0.8 0.8 0.7 0.6 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.6
加工・製造業 9.3 8.6 7.8 7.0 6.9 6.8 6.2 6.9 7.2 7.5
電力 0.5 0.3 0.3 0.2 0.2 0.2 0.3 0.3 0.3 0.1
建設 2.3 1.2 1.8 2.1 1.8 1.4 1.6 2.2 2.4 2.4
サービス計 25.1 10.2 9.5 9.0 7.4 6.5 6.9 6.9 6.8 7.1
  運輸 6.2 2.4 2.4 2.3 1.9 1.8 2.6 2.8 3.2 3.7
通信 0.4 0.3 0.2 0.4 0.4 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3
金融 1.3 0.2 0.2 0.2 0.1 0.1 0.2 0.2 0.2 0.1
社会・行政サービス 8.6 4.6 4.0 3.4 2.7 2.4 2.1 1.8 1.5 1.2
その他 8.6 2.8 2.7 2.8 2.3 1.9 1.8 1.9 1.8 1.8
商業 28.0 21.8 22.7 22.3 22.6 21.5 21.5 23.2 22.7 23.5
部門計 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
国内民間企業の実態
「民間企業登録法」にもとづいて政府に登録される民間企業は、1989年度には、わずかに1776社であったのが98年度には3万8434社にまで増加した。この内全体の60%は輸出入業者と有限会社で、外資系企業や支店も全体の4%にまでなっている。製造業では従業員十人以下の家内工業(企業登録義務はない)をも含めると98年末現在で5万3303企業(事業所)に増加している。しかし、このうち95%は、従業員十人以下の小規模、零細家内工業であり、さらに61%が食品加工業(精米、搾油、製粉、菓子製造、タバコ加工など)であることが特徴である。したがって、従業員百人以上の企業の99%は国有企業である。

さてこうしたなかで、民間企業のなかには、マルチ業種を起業しグループ化して一種の財閥を形成する動きもみられる。こうした有力なビジネス・グループは、現在20グループほどその存在が認められており、「不動産=ホテル=運輸・建設業=外資との合弁による製造業など」といった業種を所有するのが代表的である。

このようなビジネス・グループを含む民間資本の役割が大きくなっているが、これまでに台頭してきた民間資本を類型化すると次のように要約することができる。

第一に、華僑・印僑資本の復活である。ミャンマーに居た有力な華僑・印僑資本は62年以降、その多くは国外に脱出したが、国内に残ったもののうち、前体制下では密輸や闇市で糊口を凌いできた者、あるいは合法的枠内で商業や小規模な加工業などを行ってきた。民間資本規制緩和と同時に、華僑は主として農産物売買、不動産あるいは運輸、ホテル業などを起こし、海外の華僑ネットワークと連結して次第に規模を大きくしていった華僑資本は少なくない。さらに金融の民間開放で民間銀行の設立も華僑資本が主力になっている。また印僑も農産物ブローカーから輸出入業さらに不動産業などへの進出がみられた。

第二に、富裕・富農層の出現である。民間規制緩和による新しい産業資本の台頭もみられる。都市部の富裕層は、小規模ホテルや小売店、レストラン、あるいは不動産などへの資本参加が顕著であり、一部では製造業、建設、運輸業などへの進出もみられる。都市部の富裕層の多くは退役、退職した官僚、軍人で、これらの人々は、前職のコネで情報入手や政府機関へのアクセスが容易であり、政府機関との取引などで大きくなっていく企業も少なくない。また、現役の軍人、官僚が家族の名義で企業を経営するケースも少なくない。

農村部では、とくに都市近郊農村や国境貿易の受益生産者が農村内、近郊都市部で各種サービス業や建設、運輸業などの起業がみられる。また97年以降では、法人による大規模農業経営(5000エーカーまで)が認められたため、地方の企業家による農業投資も活発化している。

第三に、少数民族、旧反乱組織による投資である。95年までに軍政は16の国内武装反乱組織との間で、停戦ないしは和平に合意しているが、これらの反乱軍組織は軍政との間で停戦に応じる条件として自分たちの活動領域を中心とする経済権益が保障されたケースがある。「Special Region」と称する地域では、組織毎に自由な地域経営が許されており、元ビルマ共産党の一派は、東シャン州のマエラで中国人の日帰り旅行者を相手に広大なカジノを経営し、中国との国境貿易、域内でのホテル、精糖工場なども手広く行い、その資金をもとに地域外でのビジネスにも関心を示している。また、元麻薬集団であったクンサー軍やローシンハン軍もすでに軍政に投降しているが、BOTによる道路建設、ホテル、レストラン、不動産などへも投資しており、マネーロンダリングとして問題にされたことがある。

第四に、国軍自らが民間企業投資を行っていることである。Union of Mymmar Economic Holding Ltd.(UMEHL)は、国防省調達局が40%、国防省各連隊が20%、退役軍人協会が20%、退役軍人個人が20%を出資した民間会社である。MYAWADDYを冠する銀行、貿易商社、宝石加工・販売、旅行業、航空会社など5企業を有し、縫製、飲料、タバコ製造、家電組み立てなど外資との合弁十企業などを持つ大企業集団となっている。

また、1995年に国軍が百%出資して設立されたMyammar Economic Corporation(MEC)がある。これは国軍の必要とする資器材、各種物資を生産し、主として国軍に供給する物資のロジスティック、国軍将兵のための保健、銀行、放送、ホテルなどを営業する。製造業では、国有企業を接収した繊維、縫製、コンデンスミルク、セメント、陶器、宝石採掘・加工、製鋼、亜鉛鉄板などの工場を傘下に収め、畜産、パームオイル・農場も有する。このふたつの企業は、建前上は純然たる民間企業であるが、国軍・政府の出資する企業であり、経営は国軍の政策によって行われている以上、通常の民間企業とはその性格を異にするものと考えたい。
所有形態のGDPシェア(1985年価格基準) (出所)FESC 87/88、97/98より (単位%)
86年度 97年度
国 営 協同組合 民 間 国 営 協同組合 民 間
I.財 11.9 5.3 82.7 13.1 1.6 85.3
  1.農業 0.1 6.4 93.4 0.2 2.1 97.6
  2.畜産水産 1.3 2.6 96.2 0.3 1.4 98.3
  3.林業 38.0 4.4 57.6 43.7 0.7 55.7
  第1次産業(1〜3) 1.3 5.8 92.9 1.3 2.0 96.8
  4.鉱業・エネルギー 89.8 2.2 8.0 37.8 0.8 61.3
  5.製造・加工業 41.6 4.2 54.2 26.9 0.9 72.2
  6.電力 100.0 0.0 0.0 99.9 0.1 0.0
  7.建設 88.3 1.0 10.8 68.4 0.2 31.4
  第2次産業(4〜7) 54.0 3.4 42.6 44.5 0.6 54.9
II.サービス 60.6 2.5 36.9 54.2 3.2 42.6
  1.運輸 36.0 4.9 59.1 33.1 1.3 65.5
  2.通信 100.0 0.0 0.0 100.0 0.0 0.0
  3.金融 98.9 1.1 0.0 58.9 18.4 22.8
  4.社会・行政サービス 98.8 1.2 0.0 86.5 0.5 13.0
  5.その他サービス 9.0 3.2 87.8 5.5 3.7 90.8
III.産業 33.9 13.5 52.6 21.6 2.4 76.0
  第3次産業(II+III) 44.6 9.1 46.3 37.0 2.7 60.2
GDP 24.6 6.8 68.6 22.5 2.1 75.4
国別外国投資認可件数 (累積)(出所)MIC資料より 単位:件
シンガポール タイ イギリス マレーシア 香港 韓国 日本 アメリカ オーストラリア カナダ その他 合計
93年12月 16 17 7 2 11 7 5 10 2 1 7 85
94年12月 23 23 10 7 16 9 5 10 2 1 11 117
95年12月 38 30 17 9 17 9 5 14 6 6 14 165
96年12月 55 38 26 17 17 9 12 15 10 9 25 233
97年12月 65 42 30 25 19 19 17 16 13 11 36 293
98年 3月 66 42 32 25 20 20 19 16 14 12 37 303
99年 1月 67 44 33 25 21 20 20 16 14 12 40 312
国別外国投資認可額 (累積) 単位:100万ドル
シンガポール イギリス タイ マレーシア アメリカ フランス オランダ インドネシア 日本 その他 合計
93年12月 107.61 43.31 210.09 9.75 203.19 10.00 80.00 - 101.14 242.92 1,008.01
94年12月 293.35 55.51 264.61 69.57 203.19 10.00 83.00 - 101.14 260.05 1,340.42
95年12月 603.88 643.47 443.87 227.27 241.07 465.00 83.00 - 106.21 270.24 3,084.01
96年12月 1,215.15 1,014.44 995.48 446.87 243.57 466.37 237.84 209.95 184.02 337.41 5,350.10
97年12月 1,312.89 1,355.55 1,165.16 587.17 582.07 466.37 237.84 236.37 206.77 594.34 6,615.53
98年 3月 1,485.76 1,352.28 1,237.16 587.17 582.07 466.37 237.84 236.37 218.87 656.65 7,065.54
99年 1月 1,501.07 1,354.92 1,247.95 587.17 582.07 466.37 237.84 237.42 227.79 666.13 7,113.73
日本企業の進出状溌
「外資法」に基づき認可された日本の投資は、これまでに(99年4月末)20件(韓国とならんで第6位)、2.3億ドル(第9位)である。いずれも小規模で他のASEAN諸国への投資とは比べものにならない。初期的段階では、ホテル、水産加工、貿易などであったが、近年になってようやく鉛筆・化粧品製造、通信機器部品、医療器具製造、味の素再包装、小型自動車組み立て、亜鉛鉄板製造などの製造業の進出がみられる。日本政府が、軍政による民主化プロセスの遅れや人権状況の未改善などでODAの本格再開を控えているため、また米国での消費者運動の圧力などの影響から有力な日本企業の投資はまだ実現していない。しかし、案件数ではもっとも多いシンガポールからの投資のうち日本企業のシンガポール現地法人や日系企業との合弁などからの投資も少なくない。また「外資法」の適用以外の日本人による企業設立も次第に増加しており、運送、スーパー、ファーストフード、料理店、不動産、旅行業、その他サービスなど多様になってきている。一方、商社、銀行、保険、建設、メーカーなどの支店および駐在事務所は95年をピークに減少しつつある。とくに銀行は、日本国内での状況もあって8行から現在では2行に減少している。日本企業進出の停滞は、米・西欧の対ミャンマー制裁からの影響と日本政府のODA再開の躊躇が原因であることは間違いない。もちろん、一都にはミャンマー政府が実施している外貨送金規制や輸入規制、また依然として存在する二重為替制度などの政策的障害、さらには政治の先行き不透明のため本格的進出を控えている場合も多い。

ミャンマーの民間企業の発展は、ミャンマー経済の要であり、その育成のためにもODAの再開と日本企業の進出は不可欠な手段である。市場経済への移行をスムースにし、民間企業の拡大発展がミャンマー経済の発展をもたらすだけでなく、ひいては社金の安定につながり、民主化体制への移行を可能にすると考える。(続く)
(筆者は当協会理事。大阪産業大学経済学部教授。埼玉県在住。)

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